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タイトル :釣りに向かう朝2020 老人と川
配信日時 :2020/12/31(木) 23:00

本文:

『価値あるものと見なされるこの世の全ての楽しみと比べてみても魚とり
これに勝るものはなし』

『説教する人、物書く人、専制する人、戦う人。利益の為か、娯楽の為か、
いずれにしても最後の勝利者これ魚とり』
By トーマス・ダーフィー 「釣り人の歌」
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「釣りに向かう朝2020 老人と川」


Haze ヘイズ
https://youtu.be/x-YnzVx6aPI 




彼は年をとっていた。

いつもの川に立ちロッドを振るが、

釣れない日々が続いた。


少年は、老人を遠くから見ていた。


「また、今日も釣れてないな」


遠い将来を暗示されているようで、

少し悲しい気持ちになった。


「僕なら釣れるさ」


そう打ち消し、家に帰った。

少年はこの老人が好きだった。


ある日、

川に老人の姿が見えなかった。

「何かあったのだろうか」

少年は想像を巡らしすぐやめた。


次の日、

いつものように、老人は川にいた。

少年は老人に初めて声をかけた。


「今日は釣れたの?」


老人は、腕を大きく広げ次第に小さくし、

親指と人差し指でVサインの形を作り言った。


「一匹だけな」

「へへ・・」

二人で笑った。



ある日、老人が川で転んだ。

よろけながら、スタッフにしがみつきやっと起き上がった。

少年は、前から聞きたかったことを勇気を出して聞いた。


「何でいつも釣りをしているの?」

「何でだろうな?」

「準備をしてるのかな…」


老人は遠い昔に、

少年と同じようなことを聞いた気がした。

二人は、一度だけ一緒に釣りをした。


川の匂い、音。

冷たい風は何を伝えたかったのか。



少年の家族は、都会に引っ越すことになった。

夏が過ぎ、冬支度に忙しい頃、

あくる日もあくる日も、老人の姿は川になかった。


どこへ行ってしまったのか。


少年は、何日も何日も老人の姿を探した。

だが、川だけがそこに流れていた。


お別れのあいさつをしたかった。

もう会えなくなる前に。


川に立つ姿。

その背中。

悲しき自由。

潔い孤独。


いつの日か、

この川に戻ってくることはあるのだろうか。


〜〜〜


少年は大人になり、美しく激しく生きた。

だかそれは、そのまま深い傷を残した。


情熱は腐敗臭を放ち、

出口のない迷宮は、夜空にそびえ立つ。

ことごとく夢は摩天楼に砕け散る。


凡人

英雄

情熱

挑戦

飢え

孤独

裏切り

絶望

奴隷



屈辱

誇り

再起


ずっと長い時を都会の狭い監獄に閉じ込められ、

自由とは何か?さえ問えないまま、

それでもロッドを手にし川へ向かう時、

ほんの瞬間、ささやかなその瞬間、

自由の風はそこに吹いたのかも知れないが、

だが、それに気付かないほど感覚は麻痺してしまっていたのだろう。


細すぎる糸を手繰るように釣りをして、

あの頃の感触を確かめようとしても、

ただ空しく流れが糸をくねらせるだけ。

糸が切れないように、ただ流れに立ち尽くすだけ。


いったい、あの確かなものは、

いったいどこに行ってしまったのだろう。

最近では、思い出すことさえ難しい。


俺はどうしてしまったんだ。

いったいどうしてしまったのか。


いつまでたっても確かな実感はやってこない。

体は半分中に浮いたまま。

なぜ、飢え続けるのか。

なぜ、満たされないのか。


〜〜〜


少年は年を重ね、

あの時、老人が川に立つ理由が分かった。

あの時、川の流れの冷たさに救われていたんだろう。


負け犬達は、群れをなし街を跋扈する。

裏切りのファンファーレが街中に鳴り響く。

逆恨みが弱者のバイブル。


おまえを守れなかった。

奴らのヘドロのような暗さが俺たちにまとわりつく。



あの川に行こう。

朝になったら出かけよう。


結局、何もない。

何もない、それだけさ。


ただ皆が元気でいた頃。

ぼんやりと思い出す。


水は同じ水ではなく、

だか、川は同じ流れとして流れ続ける。

永遠がそこにあるというのだろうか。


ただ皆が元気でいた頃。

ただ、そのことを思い出している。


老人と一緒に釣りをした日。

ただそのことが、あまりにも豊かに蘇る。

湧水はあふれ続ける。


幻を見た。


1人川に立つ。

永遠に向かうように。

ただいつまでも。

川の音に沈んでいく。



さあ、出かけるか。

ロッドとサンドイッチ。

どうにかなるさ。

何もかも忘れて。


また始めればいいさ。



夜を飛び越えて、釣りの朝を向かえる。


shobu ohi





Ps,

釣りに向かう朝2018

https://ameblo.jp/flyfishing-japan/entry-12341466225.html











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