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タイトル :香港で出会った釣り episode 2
配信日時 :2020/08/03(月) 22:00

本文:

『価値あるものと見なされるこの世の全ての楽しみと比べてみても魚とり
これに勝るものはなし』

『説教する人、物書く人、専制する人、戦う人。利益の為か、娯楽の為か、
いずれにしても最後の勝利者これ魚とり』
By トーマス・ダーフィー 「釣り人の歌」
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第2回

「香港で出会った釣り episode 2 」

第1回はこちら
https://ameblo.jp/flyfishing-japan/entry-12614668050.html

「ふ〜、香港はエネルギーがいる街だな」

ちんちくりんおじさんを振り切った後、
私は、ネンザンロードを海の方へ歩きながら、
深夜特急に出ていた重慶大厦というバックパッカー御用達の宿を探した。
だが、似たような建物が乱立してどれがそうだかわからない。

重慶大厦は、
危険だとか如何わしいとか、色々噂はあるが、
安全牌の綺麗なホテルに泊まったところで、何の面白みもない。
パッケージされた旅をするくらいなら、東京のアメ横で、
ケバブのにいちゃんと雑談をしていた方がまだマシだ。

疲労も溜まってきて、
とにかく宿を決めたかったので、
似たような雑居ビルの7階にある宿に入った。

後で分かったが、ここもバックパッカー御用達の宿、
美麗都大厦(ミラドマンション)というところだった。

香港人であろう無口でクールな男が小さなフロントにいて、
部屋はあるか、聞いてみるとあると言う。

この男、かなり渋い。
髪はオールバックで決めていて、笑うことを忘れたような面構えだ。
香港マフィアがいるとしたら、こういう男を言うのではないか。

値段を聞いて、まあ相場だろうとそこに決めた。

牢獄のような薄暗い通路を案内してもらい、部屋に入る。
ベッドにシャワートイレというシンプルな作りだ。

ベッドに角に無造作に放置してある薄い掛け布団は、
案の定、香辛料と独特の体臭が入り混じった匂いを放っていた。

1階に降り、
ビルの通路内にある両替所でエクスチェンジを済ませ、
その奥のインド人の揚げ物やでタンドリーチキンを食べる。
独特の香辛料とスパイスが鶏肉に沁みていて美味い。

通りへ出るとすぐに、
私がミラドマンションから出るのを待ち構えていたかのように
若いインド人が、

「ハイ!どこへ行く?」
「香港で分からないことがあったら私に聞いて」

そんなことを言ってくる。
20代後半であろうそのインド青年は、ニコニコと愛嬌抜群である。

ネンザンロードを海の方へ歩く。

ペニンシュラホテルでトイレを借り、
スターフェリーのターミナルに着く。

小さな売店でアイスクリームを買い、
スターフェリーに乗り込む。

海風を受けながら、デッキにある木の椅子に腰掛け、
アイスクリームを舐める。

対岸は香港島。
高層ビル群が乱立し、壮観である。

「なるほど、これは確かに気持ちがいい」
街の喧騒の中で浴びた猥雑な熱をクールダウンできる静寂がある。

香港島へ渡り、あちこちを歩き回った。

ビクトリアピークへ登り、
Enter the Dragon のオープニングの映像と重ね合わせ、
トラムに乗って街外れまで行ってみる。

夜、宿に一旦戻り、
出の悪い、温水調整がほぼ効かないシャワーを浴び、廟街を目指す。

ナイトマーケットは、もの凄い人出だ。
通りが交差する場所では、椅子とテーブルが通りを埋め尽くし、
地元の家族連れや子供達が、思い思いに食事をしている。

私は、透明ビニールで仕切ってある店に入り
牛肉の炒め物とビールを注文する。
これは、なかなか美味い。量も普通でほっとする。

実は昨日の晩、別の店でムール貝のワイン蒸しを頼んだら、
3人前ぐらいの量が出てきた。
こんなに食べれないとそこのおばさんに言ったら、

「このくらい食べられるでしょ!香港では当たり前!」

的なことを広東語で一方的にまくしたてられ、
そのあまりもの勢いに気圧され、罰ゲームのように意地で食ったが、
もう一生ムール貝はいいな、と思えたのであった。

牛肉の炒め物はビールに合い、
周りの人の意味の分からない話し声は心地いいノイズであった。
テレビでは、サッカーをやっていた。
ちょうどW杯予選が始まっていて、
その時は日本とイギリスの親善試合だったと思う。

店の店員や他のテーブルの地元の香港人は、
ベッカムが点を入れると、私に向かって「どうだ!」
と腕を上げアピールする。

日本が優勢になると、私に向かって、
ブーイング的な態度を取る。

最初は、何故なのか分からず戸惑ったが、
「そりゃそうなるのが自然なんだろうな・・」
と歴史的解釈をせざるを得なかった。

でも、本当は違うところに問題があるんじゃないか?
と、今ならそう分析できるが、
当時は、同じアジア人なのにそうなるのか、と、
複雑な心境になった。

食事を終え、また廟街を歩き始めると、
露天の街頭モニターから、
リズミカルでパワフルな絃楽器の和音が聞こえてくる。

聞いた瞬間、「これはいい!売れる音だ。」
そう直観し、その場でDVDを買った。
「今までにない音だ。日本に輸入すれば大ヒットするだろう。」

「女子十二楽坊」

DVDのパッケージにそう書いてあった。

テンプルストリートをさらに歩き続けると、
天后廟というお寺に突き当たった。

ベンチや鉄柵に座り、声高に何かをしゃべり倒す地元の人々。
将棋をするおじさん達。その横で踊りを踊る少女。
境内は、夕涼みも兼ねて大勢の人で溢れんばかりである。

観光客は少ない。
ほとんどが、近所に住む人たちである。
家族連れや子供たち、ステテコを履いたおじさん。

境内の前では、女の子がボーカルのバンドが演奏している。
その脇の暗がりでは、人だかりの輪ができていて、
その中心では、トランプを鮮やかに捌く男がいる。

私が、その輪に入り覗き込むと、その男は何かを大声で私に向かって言う。
その表情から、好意的でないことだけは分かる。
私がぽかんとしていると、
手で追い払うような仕草をして、また声高に何かを言う。

私は一旦、その場を去り考えた。
俺が日本人だということが、はっきりと分かっているのだけは確かだった。
境内を一周してまたその人だかりの輪の中を覗き込むと、
中心でトランプを捌いている男が、私を指差し、
またあっちへ行け、と大声を出す。

人だかりの輪は地元の人が多かったが、
欧米人も何人か混じっていた。

なぜ、俺だけがダメなのか?
全く理解できずにその場を離れるしかなかった。
結局、サッカー観戦の時の状況と同じだということか・・。

私は、仲間として受け入れてもらえなかったが、
特段、嫌な気持ちにはならなかった。
歴史的背景と個人の信頼は、別物である。

早朝、九龍公園に行くと、
何十人というおじさん、おばさんが太極拳をしている。
朝だというのに、すでに蒸し暑さで肌はべたっとしてくる。

その光景は、優雅であり力強さを感じるものだった。

あのゆったりとした動きの中に、
多くの意味が存在することを思うに、
文化の深さを感じぜずにはいられなかった。

日中は、九龍公園にあるプールで泳ぎ、昼寝をする。
子供達のはしゃぐ声が心地いい。
公園を出て、街をあちこち探索する。

スターフェリーで香港島へ渡り、
歩道のど真ん中を陣取り、片腕を上げながら何かを主張する
物乞いの横を通り抜け、
高層ビル群の谷間にある石段を埋め尽くす露天にまた驚く。

このコントラストは、何なんだ。
ビルとビルの間には、ビル風、すきま風が吹くイメージしかなかったが、
香港では、その隙間がない。
露天で埋め尽くされているからだ。

こんな面白い石段を私は他に知らない。

トラムに乗って適当な場所で降り、少年たちのサッカーを観たり、
セントジョーンズ教会へ入って、しばし瞑想的な時を過ごしたりして
時間を潰した。

宿の近くまで戻ると、
インド人のひょろっとした青年が通りに佇んでいる。
私の姿を見つけると、

「Hi! Brother!」

すでに我々は兄弟らしい。

「今日も暑いね、どこへ行く?」
「困ったことがあったら言ってきてくれ」

みたいなことを、早口でまくし立てる。

大体が、
ネンザンロードのガードレールに半ケツの姿勢で腰掛け、
誰かに声を掛けることをしている。

客引きなのだろう。
でも、なんだか日本のそれとは違い憎めない愛嬌がある。

次の日、遅い朝食をとり、
いつものように、ミラドマンションからネンザンロードへ出ると、
インド人の青年が手招きをする。

「Hi! Friend 」

今日は誘いにのってみようと後を付いていくと、
並びにあるビルの奥の部屋へ導かれた。

部屋へ入ると、冷房がキンキンに効いていて、
外の喧騒が嘘のように静かだった。

私が中に入ると、
インドの青年は重いドアをガチャリと閉める。

奥には、ショーケースがあり、
さらにその奥には大きな机がありゴウジャスな椅子に深々と座る
恰幅のいいスーツ姿の老紳士がいた。

その両脇には、老紳士を守るように男たちが立つ。

インド人青年は、ショーケースまで私を導き、
「Please」と言った。

ギラつく時計が、何十個とディスプレイされている。

「そういうことか・・」

私は、ちらりと時計を見て、自分の置かれている状況を理解した。
すぐに退散しようとしたが、
老紳士と両脇に立つ男たちは、じっと私を見据える。
その無言の圧力はかなり年季の入ったものだった。

誰も何もしゃべらない。
静寂がその場の温度をさらに下げる。
空調の音だけが静かに響く。

「もしかしたら、外へ出るドアは既に鍵がかかっているんじゃないか?」
「急に逃げ出したら、逆に危ないかも知れない」
「大声を出したところで、喧騒でかき消され外には届かないだろう」

色々な憶測が頭を駆け巡る。
独特の重い緊張感がその場を支配する。

ここは、混沌の街香港だ。
日本じゃない。
そう、何があってもおかしくない。

どうする?
ドラゴン危機一発である。



つづく。






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