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タイトル :香港で出会った釣り episode1
配信日時 :2020/07/26(日) 23:00

本文:

『価値あるものと見なされるこの世の全ての楽しみと比べてみても魚とり
これに勝るものはなし』

『説教する人、物書く人、専制する人、戦う人。利益の為か、娯楽の為か、
いずれにしても最後の勝利者これ魚とり』
By トーマス・ダーフィー 「釣り人の歌」
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大井しょうぶです。


「香港で出会った釣り」

私は、香港に行ったことがありますが、
色々と考えさせる出来事にも遭遇しました。

もう20年近く前。
中国に返還される前です。

そういえば、
スターフェリーの発着場の脇で、
手釣りをしている老人がいた。

前はビクトリアハーバー。
大勢の人々がスターフェリーに飲み込まれ、
また、吐き出されて街に消えていく。

老人に話しかけても、無視。目も合わせない。

小さな魚を5〜6匹釣り上げ、
バケツに入れ、そそくさと無言で去っていった。
「旅行者のお前に何がわかる?」とその小さな背中は言っていた。

子供連れの親子もいた。

母親は、ルアーを投げくるくるとリールを巻く。
100円ショップで売っているよな見るからにチープなルアーだった。

それを手慣れた手つきで海へと投げ込む。
と言っても、距離にして7m〜8mほど。
娘は、釣れた魚を素早く取り込む。

釣れた魚を親子で数え、顔を見合って頷いた。
そして、ごった煮のように看板が乱立するネイザンロードへと消えていった。


そう、
彼らにとってその魚は晩の食糧なのである。
お遊びではなかった、彼らの釣りは。

まあ、香港だからな。

ビル群の谷間に潜む、物乞いも多かった。

猥雑なな街だった。
しかし、底知れぬパワーを感じた。
日本では感じられない、生へのエネルギーだ。

世界の貿易と金融。
高層ビル群。

その隙間に蠢く足のない物乞いは、
歩道のど真ん中に陣取る。

スターフェリー。
深緑色のビクトリアハーバー。

坂道の石段に座り、胡弓を奏でる老夫婦。

雑多な人種。アジア、インド、中東。
街中がグツグツと煮え立っていた。

ナイトマーケットでは、色んな露天がひしめき合う。
通路が4線もあり、猥雑、乱雑、無秩序、
そんな言葉を全部集めたような通りだった。

小鳥を使った占い。
まがい物のだらけのバッグ屋。

揚げ団子の屋台。リアカーだ。
無許可営業なのだろう。
警察が巡回に来ると、蜘蛛の子を散らすようにどこかへ消える。
十分後同じ場所に現れ、見事な早業で揚げ団子を売り始める。

この攻防を何度も繰り返す。

私はその様子を、ガードレールに腰掛けアイスクリームを舐めながら
ずっと見ていた。

通りの角の肉屋では、
軒下に何十という肉の塊が豪快にぶら下がっている。

海の匂いと香辛料が入り交ざった複雑な生臭さのある街の匂い。
毎日が盛大な祭りである「夜市」ナイトマーケット。

乱雑で煩雑で猥雑で、
しかし、生き抜くという意思と熱気が立ち昇っていた。

東京とは、似て非なり。

何故、香港に行こうと思ったのかというと、
理由は2つあった。

一つは、

沢木耕太郎の「深夜特急」を読んで、
スターフェリーに乗り、アイスを食べ、
真夜中までやっているナイトマーケットを数キロ歩き、
突き当りの神社の広場まで歩きたかった。
廟街という場所だ。

本当に、「深夜特急」で描かれているような街なのか。
確かめたかった。
猥雑さとエネルギーに満ち溢れた街なのか。

そしてもう一つは、
私の中で未だ圧倒的な存在である、
李小龍。ブルースリー。
彼の育った街に、あの映画が作られた街に行きたかったのである。

その頃の私は、音楽を止めボウフラのように漂い、
生きる屍と化していた。

「行かなければ、とにかく行くんだ」
「脱出するために、彼の育った香港に行くんだ」

そう自分の後ろあたりから命令が出された。
そこにしか、出口はない、と。

突発的な発作のようにチケットを買い、
香港へ向かった。

空港を出て、市街地までのバスを探す。

7月だったから、蒸し暑い。
東京の暑さとは違う、湿気が皮膚に纏わりつくような暑さだ。

バスに乗ると、
中東の団体が前に座った。

「うっ・・」

体臭がすごい。
鼻がもげそうになるくらいだ。

何というか、香辛料と体臭が強く入り混じったような悪臭だった。
ここまでのものは、今まで体験がない。
扇風機の風が来るたびに、地獄だった。

すぐ、席を移動しようとしたが、
私のすぐ後ろの席に座っている女性二人は、
涼しい顔をして本を読んでいる。

「何とも思っていないのか?」

間違いなく、彼女らにも強烈な匂いは届いているはずだ。

私は、席を立てなくなった。半金縛り状態である。
彼女らに負けるわけにはいかない。

このくらいは、香港では当たり前のことなんだろう。
ひるんではいけない。

「負けね〜ぞ」
「このくらいの洗礼で怯まね〜ぞ』

よく分からない理屈が頭を支配した。(笑)

私は、そのまま香港という街の洗礼を受け、繁華街に到着した。

私は耐えた。
逃げなかった。
そう、心から思えた・・。

バスを降り、ホテルを捜そうと歩き始めると、
香港人のちんちくりんな中年男がすぐさま寄ってきて、
矢継ぎ早に何かをまくし立てる。

何を言っているのか、分からない。

だが、うちの宿は安いから泊まりなさい、
という、意味は理解できた。

私は、丁寧に断ったが、全く意に介さない。
ず〜っと、私にへばりつきながらうちに来い、
とにかく来い、とまくし立てる。

チープな宿だと。

何度、断っても引かないので、
少し強めな口調で、こう言った。

「ノー!ゴーアウエイ!」

ちんちくりんなおじさんは、
ますます声だかに、そして悲痛な顔色で、

「ファイ?ファイ?オーノー!ファイ?」

と、食い下がった。
若干、泣きそうな顔であった。

何か切羽詰まっていたのかもしれない。
いや、その表情が売り物であり曲者なのである。

大きな交差点まで来たところで、
ちんちくりんおじさんは、退散していった。

「ふ〜、香港はエネルギーのいる街だな・・」

それが、正直な感想だった。

だが、
これは香港のほんのさわりのことであった。



つづく。






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