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タイトル :「川からの手紙」静寂のレクイエム
配信日時 :2020/02/05(水) 23:00

本文:


FF大全 Midnight Express


「川からの手紙」静寂のレクイエム


当時、
私はスピードを押えることでいっぱいだった。

音楽の持つ強大なエネルギーと
自分の鬱屈したエネルギーの狭間で
身体がひきちぎられる思いだった。

内から止めどもなく溢れ出す情動は、
きっかけさえあれば、天国にも地獄にもどちらにも行けた。
人とは違う何かがいつも俺を有頂天にさせ、そして絶望させた。

歯を磨くとか、ご飯を食べるとか、
そういううすのろな生活は、静かなる狂気をいつもはらんでいた。

ある夜、
近くのコンビニでパッと視界に飛び込んできた言葉は、
瞬時に体内を駆け巡り浸透さえした。

「川からの手紙」田渕義雄著

表紙の釣り姿を見て、衝動的に手に取った。
内容などは確認しない。

この手紙を読みなさい。
私の後ろで誰かがそう言っている気がした。

それは今思えば、
私にとっては奇跡的な出会いであった。

とにかく、スピードを落とさなければいけない。
普通に笑えるように。

静寂を取り戻さなければいけない。

毎夜、毎夜、読んだ。
苛立った神経をなだめるのに、
アルコールを無理にでも身体に流し込み麻痺させなければ、
あっちへ持っていかれそうな夜。

うまく寝れない日々が長らく続いていたが、
不思議と、この本を読むといつの間にか眠れるようになった。

科学的には説明できないであろう安堵がそこに少しずつ充満した。
セロトニンだとか、ドーパミンだとか、そういう物質的な説明はいらない。
趣がない。

私は、毎夜、この本からセラピーを受けていたようなものだった。

標高1400m、川上村での釣りの日常。
静かで穏やかな釣りの日々。
愛犬との釣り。

ゲーリーラフォンティーンから教わった、
イマージェントスパークルピューパ。

名前で、圧倒された。
その後の私の釣りにも、大きな影響を残した。

静寂であり、熱狂であり、
垢抜けていてカッコよかった。

自分で巻いた、蛾のようなエルクヘアーカディスと、
ロイヤルコーチマンを持ち、金峰山川へ向かった。

釣れなかった。
キャストしても、水着と同時に強い流れにあっという間に引っ張られる。
ラインを跳ねあげようとしても、ベタッと貼りついたまま。
上手くできたと思ったら、毛鉤は明後日の方向へ飛んでいく。

本に書いてあることと違うじゃん。

そう、本当に思った。
いいことばかり書いていて騙された気にもなった。

夜、川のほとりで車中泊をした。
星が綺麗だった。届きそうで、今にも降ってきそうだった。

こんなに星ってあるんだ。
知らなかった。

朝、川の水を飲み、
下流から釣りあがった。
電気柵に引っかかりしびれた。
何か、悪いことでもしているような後ろめたい気分のまま、
釣りあがった。

やはり、釣れない。

深緑のプールが目の前に広がり、
いかにも岩魚が潜んでいそうだった。
濃度の高い空気が充満していた。

ロイヤルコーチマンを、大きな沈み岩の脇に投げた。
横に倒れた毛鉤がツツ~と流れに乗った時、
下から、グォ~ンと何かが浮上してきた。

「うぉ・・」

私には、潜水艦にさえ思えるほどだった。
そいつはバコッと毛鉤をくわえた。

「き、きた!」

心臓はバクバク音を立て、慌ててロッドを立てラインを引いた。
水没しそうになりながら、どうにか取り込んだ。

「やった、釣れた・・」

田渕さん、
あなたの言っていることは当たっていた。

声に出したかった。
周りに誰か人はいないか。
釣れたことを、誰かに言いたかった。

誰もいないその渓で、
一人、興奮はいつまでも冷めやらなかった。

きれいな岩魚だった。
なんでこんな模様をしているんだろう。
不思議だった。

ニジマスやヤマメと違い、体がぬめっとしていた。
それが、何ともよかった。嬉しかった。
野生に出会えた気がした。

水が冷たかった。

私の渓流デビューは、こんな感じで終わった。


救われるとはどういうことか。
正直、本当のところはまだよく分かっていない。

だが、
「川からの手紙」
を、夜な夜な読むことで、私は再生していった。

都市の電気音な生活。
感電しっぱなしの都会人。

足りていなかった何かが、
本当に少しずつ、私の体の中を長く雨を降らすように循環し続けた。

川上村のあの流れを思い出すたび、小さな希望が芽生える。
誰かから与えられたものではない自灯明が小さくともる。
また、元気になれる。

レタス畑。
トラクターの音。
朝もやの水面。
魚の小さなもじり。

田渕さんとは面識もなかったし、今はもう会いたくても会えないが、
でも、いつでもこの本を通して会話はできると思う。


「川からの手紙」

この本の最後に、確かこう書いてある。

「シンプルに。それが、岩魚の教えだ」


川からの手紙
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Ps、
今この本は2冊ある。
一冊は表紙が破れ手垢で黒ずみ、ボロボロになった。
もう一冊、古本屋で見つけ手に入れたのだ。

私がこうしてメルマガなんてものをやっているのも、
田渕さんの影響も少なからずあるんじゃないかと。




Ps
最近、田渕さんが北海道で釣りをしている動画をどこかで見たんです。
ニンフを持っていて、ビーズヘッドの後ろに赤がチラッと見えて、
「あ、ホットスポットだ」なんて思って。
ユーロニンフやったんだなと。勝手にそう思っています、勝手に。(笑)

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