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タイトル :恐ろしいほどの眼力
配信日時 :2019/08/01(木) 23:00

本文:


深山幽谷の大イワナじゃ。


人もほとんど来ない、山の奥、またその奥の深い滝壺にひっそりと住んでおる。


わしのことはまだ誰も釣り上げられない。

だから、もうかれこれ2000年生きておる。

(不死身じゃ・・笑)


ちょうど、日本という国が始まった頃にわしは生まれたんじゃ。



世界の長老たちからは、

「ダオじい」と呼ばれている。




もう覚えていないじゃろうが、

一回だけ、ここに登場したことがある。



その時は、視力に付いてうんちくを語った。読んでみてくれ。
http://shobuxx9.xsrv.jp/QR/public/bn.php?mid=ffst&magaid=x000154




今回も、視力、眼力について話そう。

大事な話しじゃ。



本当の視力、眼力を身に付ければ、

そなたも、釣りの達人になれるじゃろう。

いや、釣聖になれるかも知れん。

逆にその能力がなければ、

いつまでも脱せられないボンクラな釣り人止まりじゃ。


そのくらい、

目、眼力、観察力、洞察力の力は計り知れないものがあるんじゃ。

それを、良く良く知った方がよい。




今宵は、ある青年の身に起こった「驚愕の眼力」について話してみよう。

かれこれ30年近くも前のことじゃ。





■恐ろしい目力



その青年は東京の下町に住んでおった。

バンドでギターを弾いていたんじゃ。


だが、

多くの夢見る若者がそうであるように、バンドだけでは食えない。


だから、とある音楽事務所で、

一流料亭や企業のイベントに出入りする雇われバンドをして食いつないでおったそうじゃ。



向島や新橋。

赤坂などの花街で、

夜な夜な、当時の日本を動かす企業の社長達、

政治家、官僚、各界の有志の面々を相手に、


やりたくもない音楽を奏で、夜を越えていたんじゃな・・。

BGMではスタンダートジャズもやれたが、演歌も弾いた。

よれよれのスーツで。



色んなドラマを見たようだ。

ここでは言えないようなことも多くあったそうな。

札束が、芸者の間を乱舞していたりしてな、毎晩。



社長達は、一人お座敷で酔いしれるように歌う。

頬に光るものが見えることも少なくなかった。

慟哭するように歌う人もいたそうな。


ししおどしが静寂を更に深くし、

芸者さん達は気配を消すように静かに見守る。

大都会の喧騒がウソのような静謐な空間がそこには広がっている。




ある夜、その青年は、

音楽事務所の社長と、

永田町にある一流料亭へと向ったそうじゃ。


何か大事な会合の席に呼ばれたのだ。

次の日の新聞の一面に載るような会合かも知れない。


控室になっている和室に通され、出番を待つ。

チューニングをしながら、指慣らしをする。


この場所から大広間の出入りが見通せるように、ドアは開けっ放しだ。

お呼びが掛かったら、すぐにセッティングに入れるようにする為だ。



大広間の大きなふすまが「す〜っ」と開いた。

中から、着物姿の小柄なおばあちゃんが出て来た。

少し腰が曲がっている体で、スタスタと歩いて。


「パッ」と目が合った。


その瞬間、青年は目を離せななくなった。

くぎ付けになったそうじゃ。



時間にして、一秒あったかどうか。

いや、1秒もなかったじゃろう。瞬間じゃ。


稲妻が体の中を走り抜けたような感覚に陥ったと、

その青年は後からそうワシに話してくれた。

蛇に睨まれたカエルといったところじゃろう。



「負けだ」

「完敗だ」

「すべてお見通しだ」



青年はすぐに負けを悟った。

優劣をつけるような場面ではない。

ただ、小柄なおばあさんと目が合っただけのことじゃ。


にもかかわらず、

完全な敗北を感じたそうじゃ。

全てを見透かされてしまったと言っていた。


青年の人格や思考回路、

ボンクラさ、くだらないプライド・・。

下品な想像。


人格の全てを、把握されてしまった。

そのことを瞬時に、全身で理解できたそうじゃ。




小さなおばあさんは、

その一流料亭の

「おかみ」

であった。



少し腰が曲がっていて、華奢な老女じゃ。

その眼差しは、

決して鋭い訳ではない。

普通の少ししょぼくれたおばあちゃんの目であった。



じゃが、

その瞳の奥から発せられる、ただならぬ波動、

というか、

エネルギーというべきか、


上手く表現できんがの、



その眼力の深遠さに、

ただただ圧倒されてしまったんじゃ、その青年は。



「どうカッコ付けてもこの人の前では駄目だ」


「どんないい訳もこの人には通用しない」


「この人の前では、ただただ裸になるしかない」



そう悟ったと、わしに話してくれた。



その眼光は、とても美しかった。


空を舞う龍をも落とすような圧倒的なエネルギーに満ち溢れていて、

しかし同時に限りなくやさしかった。



畏敬の念が体から溢れ出てた。

同時に感動もした。


こういう人間がいるのかと。

本当なのか?現実なのか?

何なんだ、この人は・・。


今までの理解を完全に超えた存在。

小説の中の英雄が、

突如、目の前に現れたような現実離れした感覚。




こんな経験は、

後にも先にもこの時だけであっただろう。

こんな常識を吹き飛ばすような経験はの。


普通はごまかせるものじゃ。

そうやって生きている。

ほとんどの大人は。

他人も自分も欺きながら。


ごまかしながら・・・。




だが、この人の前では通用しない。

あまりにも大きな存在に打ちのめされ、心地良ささええ伴った。

いや、不思議なんだが、安堵感が溢れたそうじゃ。

これが、信頼というものなのかも知れんのう。





視力。

心眼力。

眼力。

観察。

洞察。


色々な呼び名があるがの・・、


ともかくじゃ。


目の前に見える景色を深く覗き込むことじゃ。

その源流を知ろうとすることじゃ。


何故そうなのかを?

何故なのかを。

何故、世界はこうなのかを。




それをせんで、

ただ慌ただしく生きたところで、

流されるままに身を任せていたら、

いつまでたっても辿り着けない。


そう、辿り着けないのじゃ。


そなたに分かるかな?



やっている振りをするのが上手い人間はごまんとおる。

やっていても、それが狭すぎるものであればそれで終わる。

相手にはされない。

それを見なければならない。


それが、道理というもんじゃ。

分るかの〜。

そなたに。


見る目をとことん養うことじゃよ。

釣りには、その要素が多分にあるからの。





その後、この青年はどうしたのかって?



音楽はきれいさっぱり諦めたようじゃの・・。

人を蹴落としてまで、成功したいという欲が足らなかったようじゃ。


いや・・、ただ才能がなかっただけじゃろう・・・。


ギターも全部売っぱらったそうじゃ。


代わりに、釣り竿を手に入れ、

あちこちに釣りに出掛けているようじゃ。


「取り戻す為に・・・」


そう、いつか言っておった。


「あの女将のようになりたい」


そう言っておった。


音楽や釣りや仕事は、その表層の出来事にしか過ぎないと。





最近は、

釣り竿を売ったり、

ノウハウを映像にしたり、

皆にメールを送ったりして、それなりに楽しくやっているそうじゃ。



まだまだ、修行足らず、と。





・・・。








夏の渓谷は生命力に溢れておる。

わしも大好きな季節じゃ。

わしに会いに来るがよい。

だが、

中途半端な腕では、到底わしを釣り上げることは無理じゃ。

わしには2000年の知恵がある。

まあ、せいぜい精進することじゃ。





つづく。








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